波を引き裂くーアナキスト・フェミニズム内のリベラル傾向への異議申し立て

以前別のブログに部分的に載せたものを、1年近く経った今なんとか本文だけ翻訳を完成させました。まだ見直しや脚注の翻訳が必要なのですが、女性の闘争を記念する国際女性デーの今日のうちになんとか公開したいと思ったのでご賞味ください。

原文はこちらBreaking the Waves

以下の記事はBRRN(ブラックローズアナキスト連盟)の2人のメンバーによるもので、「アナキズム理論の視点」の最新号に掲載され、アナキズム研究協会の協力でここに載せることになった。

By Romina Akemi and Bree Busk

ロミナ・アケーミ、ブリー・バスク著

ブラックローズアナキスト連盟はイギリスのアナキスト組織の委員会により開催された国際アナキストフェミニスト会議AFem2014 へ参加する代表を送った。

AFem2014(エーフェムにせんじゅうよん)の目標はアナキスト運動の中の性差別やその他の抑圧に異議を唱え、「セーファースペース」を作り、個人的または集団のおける経験について対話を開始し、運動を組織することにつなげていこうとする試みであった。

本会議主催の委員会はこのイベントにより生まれたエネルギーがアナキストフェミニスト全体を再度活気づかせることを願い、世界的に影響力のある会議をつつけて作り出すことを期待していた。

この見地に立つと、 AFem2014はアナキズムの成長とその中のフェミニズムの理論と実践を進展させる必要性に光を当てた重要な政治的展開であった。しかし、ブラックローズ代表団は 答えより疑問を多く抱えてAFem2014を後にした。一番の疑問は「アナキストフェミニズムって何だ?」である。

AFem2014はその可能性を現実化するのに必要な志を欠いていた。

家父長制の中で単に存在することが急進的な行為であることが当然とされ、抑圧経験の共有が政治的遺産や視座の共有の代わりを務めると理解されていた。

たしかに我々や同志の存在は祝福されるべきものだが、それだけで十分とは言えない。

実際、アナキストフェミニズムを我々の実践よりもアイデンティティに収束させるとなると、表明上の修正以上のものが必要いなるような挑戦が待ち受ける時、準備不足に悩まされる危険が生じる。

たとえば、会議中に特定の人種や帝国主義分析によりセーファースペースポリシーが促進されうる状況がいくつか生じた。結果としてドレッドロックの白人参加者がそれは文化の盗用 であると注意を受けたが、中東で経験したジェンダーに基づく暴力の経験を話したスピーカーが沈黙させられた複雑で苦痛な事例は取り組まれることがなかった。

代表団のメンバーとして、会議の国際的な性質により世界の様々な場所における組織戦略を比較するまたとない機会が生まれ、将来的な連携に繋がる政治的な関係性が構築されることを期待していた。

しかし本会議はいくつもの形で未熟なところがあり、その可能性を制限してしまっていた。

一番の例は会議の開催委員会が多くの参加者の獲得やセーファースペースポリシーを優先するあまり、会議の内容に同じだけ力量を割くことに失敗していることである。

「正しい」人(ジェンダーによる抑圧を直接経験した人)の参加や「正しい」環境作り(抑圧的な態度を排除するためのセーファースペースポリシー)に大変重きが置かれていた。

それ自体は悪いことではないが、そこに集中するあまり意図的な政治的趣旨が排除され、結果的に全ての政治と政治の欠如を同時に含有するアナキストフェミニズムの表象となってしまった。

今日の政治的危機に対処するには、アナキストフェミニストは知識と確信をもって伝達できなければならない。この政治的傾向を展開したいと考える我々は、自らを歴史の中に位置づけ、過去の教訓の上に構築していかなければならない。

新たな理論を作り上げ逃走の中で試行しなければならない。大衆運動を構築し、その中でアナキズムを提唱しなければならない。要求を作成し、イタリアのアナキストであるエンリコ・マラテスタの言葉を借りれば「前に進むには、敵の手中にある領地を引きちぎるのと同じ精神であらゆる可能な改良を獲得し勝利しなければならない」(注1)。最後に、自らを国際的に位置づけ、世界の同志と連帯しなければならない。

定義に従えば、広義のフェミニズム運動が我々の政治を十分に代表することはない。

むしろ、フェミニズムが生まれる場所(路上、家庭、職場、メディア、および複雑で重なり合う社会的繋がり)にてフェミニズムを発展させるための方法として機能するものである。

アナキストフェミニズムを小さな集団の空間から押し出し社会的な場に登場させるということは、労働者階級の運動と関連性を持たせるために奮闘するつもりがあることを意味する。

我々の政治は私的生活を管理する有効な手段にとどまらない。闘い、死んでも獲得したい世界の青写真を代表するものである。

「波を引き割く」はリベラルフェミニズムと断絶し、私達自信のアナキストフェミニズムの歴史的伝統を再構築する必要性を認識することを呼びかけるものである。

我々はフェミニストであるアナキストとアナキストであるフェミニストが実践におけるアナキストフェミニズムの意味を議論し、刷新された闘争を通した定義を洗練させる必要性を同時に宣言する。

我々の目標は新しいアナキストフェミニズムの完璧な指南を提供することではなく、現時点で特徴的な曖昧な政治を超えて数歩進展させることである。多くの読者がこの記事の葛藤と願望を共有することを期待している。アナキスト運動の中で意義あるフェミニズムの実践が欠けていることや、フェミニズムの中で集団的闘争は私達自信や組織する対象が浄化されて初めて可能になるとしている傾向に対して窮屈に感じている同志との対話や自身の経験からそう考えている。

前者では、私達の政治は私達の声と共に周辺化される。後者では、闘争の中に教育の出る幕がない。2つの政治的空間が私達の時間と労力を巡って競合するとき、二重の活動に対する圧力が悪化する。我々の組織で、 AFem2014で、私達が出会うその他の様々な文脈で対話するとき、共通したテーマが立ち現れる。私達はより良いものが必要だし、そのために闘う準備はできている。筆者二人はこの記事が上記で言及した問題について生産的で挑戦的な対話を生成する要素の一つとなることを望んでおり、その過程で生じた理論的な貢献や批判と出会うこと熱望している。

アナキスト・フェミニズム

アナキスト・フェミニズムは明確な定義を欠いた言葉である。アメリカ合衆国のアナキスト運動では、一貫しない使われ方をしてきたため、「アナキスト、多くの場合女性による反家父長制活動」以上の意味を抽出することが難しい。革命運動に豊かな理論や闘争の歴史があるこの世界で、そのような定義が十分とは思えない。アナキストフェミニスト連続した集団的闘争物語を欠いているため、「エッジの効いた」フェミニズムの形式として機能し、結果として対人関係における家父長制との対決や、個人の経験や特定の社会的ふるまいや閉鎖的なライフスタイルに適応する能力によって測られる。しかし、歴史や特異性の欠如は、個人や組織がアナキストフェミニズムの名の下に重要な政治的貢献を妨げたわけではなかった。

女性の抑圧について膨大な文章と演説を残したエマ・ゴールドマンはアナキスト・フェミニズムを考える上で出てくる最初の(そして最期であることも多い)名前である。エマは個人主義者とは程遠い人物であり、そのような要素を強調することは彼女を歴史的に間違った位置に置くことになる。アメリカでは、世界産業労働組合(IWW)で活躍し、避妊薬の合法化闘争にも参加し、第一世界大戦へ中に反戦運動にも参加した。ゴールドマンがアナキズムの中で影響を及ぼし続けているのは幅広い社会運動や歴史的出来事において著しく印象を残したためであり、「私が踊れないならあなたの革命には参加したくない」というエマの発言とされる間違った引用ともに彼女をロマンティックに捉えるのは間違いである。ゴールドマンの他にも重要な現代アナキストとしてルーシー・パーソンズやヴォルテール・ド・クレールなどがいる。今あげた人物らと同じレベルのフェミニズムの名声をあげることができる組織は稀だが、女性の歴史的闘争に興味がないアナキストであってもスペイン市民戦争(1936ー1939)の中で男女平等のために戦った「ムヘレス・リブレ」は知っているものだとされる。私たちの政治性を価値ある個人に例える傾向は多くの落とし穴に繋がる。はじめに、その人物らの政治性を時代に凍りついたものとして想像することを推奨され、人生を通した経験的学びの賜物と捉えることがない。次に、特定の政治的理論や実践ではなく人物に注目することで、その人物の避けがたい失敗ををなんとか無視することを強いられたり、のちに結実する成果の予兆として完全に考慮にいれない態度を身につける。本当のところは、私たちの前身にあたる人物の性別は一番面白みのない事実である。その人物たちをきちんとした歴史的文脈の中で捉え、その中でどんな政治的課題に直面したかを調べることが「先輩」に対しても私たち自身に対してもふさわしい態度といえる。

アナキスト・フェミニズムはリベラル・フェミニズムや社会主義/マルクス主義フェミニズムあるいはラディカル・フェミニズムから独立した政治性を発展させることに失敗してきた。ただ前の世代の政治活動に見られる性差別的な文化を拒否するのみで、私たちの運動をどう形作るのかという積極的な未来像や、その理論や戦略が私たちの目標にふさわしいかを明瞭化することがなかった。それでも、アナキズムの中に家父長制に反対する闘争に対する集団的欲望が存在するのだ。どこを向いても、その解決策は個人的なものだと諭される。ここで、アナキストでありアナキストフェミニストを目指す私たちはキャロル・ハニッシュの先駆的な記事である「個人的なことは政治的なこと」の中の一節に同意する。「この時代に個人的な解決策は存在しない。集団的な解決のための集団的行動があるのみである。」

アカデミック・フェミニズムの「波」理論の限界:私たちの歴史的および政治的な流れとは何か

アカデミック・フェミニストはアメリカにおけるフェミニズム運動の歴史を3つの進行的な波に分けてきた。第1波は20世紀初頭の婦人参政権の闘いを中心とする。第2波は女性解放運動として知られ、1960年代および70年代に中絶合法化と失敗に終わった男女平等憲法修正案(ERA)の要求を中心としたものである。最後に、第3波は第2波に見られる白人・異性愛中心主義を批判する機能として継続し、運動を中心とした絵支持から個人的手法に移行した。特定の闘争を基盤としていないために、第3波の思想と実践は明確な結論を出さないままである。この西洋の現代フェミニズムの歴史の概念は幅広く理解され受容されているが、それでもそれぞれの「波」のはっきりとした特徴や今日のフェミニズムに対する影響に関する議論は後を絶たない。今でも、技術の発達への女性の参加と関連して第4波を定義しようとする動きがある。しかし、革命的伝統の中で活動するアナキストおよびフェミニストとして、わたしたちは個人主義的な、リベラルまたはアカデミックなフェミニズムの形成の流れに身を置くことはできない。

多くの反資本主義で革命的な女性はアカデミックな文章や歴史から置き去りにされてきた。19世紀終わりと20世紀初め社会主義者の女性はそのブルジョア的要素や改良主義的枠組みのせいで、第1波フェミニズムとの関係性が薄かった。イギリスでは、婦人参政権運動に労働者階級女性の参加が多く、戦闘的な戦術も使われたため、政治的相互関与がアメリカよりも顕著だった。大学におけるフェミニズム理論の授業は婦人参政権運動への批判を取り上げることがほとんどないので、初めから革命的女性らの活動が消し去られてしまっている。第1波フェミニズムの成果を賞賛し、歴史的発展の物語に位置付けてしまうのだ。しかし婦人参政権運動において白人の女性活動家がイダ・B・ウェルズなどの黒人の女性活動家を排除した時、それは発展と呼べるのだろうか。フェミニズムの歴史はこのような逆説に満ちており、重要な学びの機会を与えてくれる。どこから自らの伝統を構築するかを考えるたまに言葉や行動を探そうとする時、見慣れたところと意外な場所のどちらからも見つけ出すことになり、そのにはマルクス主義フェミニズムもリベラルフェミニズムも含まれる。アナキスト・フェミニストの歴史的伝統を建設することは私たち自身の政治性を前進させ、既になされたことの文脈に現在の活動を位置付け先に進むためのプラットフォームとなる。政治的伝統を再構築する事を目指すアナキスト・フェミニスト見知らぬ水域に注意深く、勇敢にも漕ぎ出していかなければならない。私たちはいつでも存在していたが、常に見えていたわけではない。

『ブラック・フレイム:アナキズムとサンジカリズムの革命的階級政治』の中で、著者らは「多くの作家がアナキストやサンジカリストの女性を「アナキスト・フェミニスト」や「アナル(ー)カ・フェミニスト」と呼ぶ傾向に、われわれはある種の違和感を禁じ得ない」と書いている。私たちもおなじような違和感を感じている。この実践は第2派の歴史家や活動家が歴史の中の女性を研究するにつれて出現したものである。歴史上の強く独立した女性を遡ってフェミニストと呼ぶ者も現れ、フェミニズムの非歴史的な理解を強化している。さらに、この作家や理論家らはフェミニズムの弁証法的分析を提供することに失敗しており、フェミニズムの意味も過去100年超の間に変化するしてきた。アメリカにおける第2派フェミニズム運動の間、多くの社会主義者の女性の反資本主義的で革命的な視点がその時代のフェミニズムのイデオロギーに影響を与えた。19世紀終わりと20世紀初めにフェミニストと名乗る社会主義者およびアナキストの女性は数えるほどであり、大多数はそう名乗らなかった。これはフェミニズムがブルジョアおよび上流中産階級女性が同じ階級の男性と同じ市民権と職業的機会を求めるニーズを代表して生まれた運動だからであった。

フェミニズムという言葉を遡って使ったり間違って使うことを議論することは用語用法に関するささかいな紛争ではなく、政治的意図の問題である。まず、その議論を避けることはあらゆるフェミニズムを同じ家系の一部ととらえることであり、性別を階級や政治的繋がりよりも重要視するものである。次に、政治的遺産をまるごと消し去ることであり、特に各波の外側で、時には対立して機能してきた革命的伝統が忘れられる。多くの社会主義者やアナキスト女性はフェミニストをハイフンでつなぐことで性別を強調されることが逃げることができない。さらに、この歴史上に「フェミニスト」を見つける行為は本人が「フェミニスト」であることに気づいていない一方で、期待されるフェミニスト的な振る舞いから外れた女性は「シスターらしくない」「家父長的な女性」と呼ばれるような認識を強化する偽のフェミニスト意識を生み出す。家父長制を支持する女性もいるが、多くは家父長的資本主義社会を生き延びるために妥協と交渉をする必要があるのだ。最後に、様々なフェミニズムをそれぞれの歴史的文脈に位置付けなければ、フェミニズムのイデオロギー的核心はゆらぎ理論と実践の集合では無くなってしまうまでに分散し、ヒラリー・クリントンのような人物でさえ魅力を感じるような時代と分離した超越的感覚に取って代わってしまう。思想を議論し、ラディカルな理論が実践として繁栄する運動を再建設するため、フェミニズムを政治的イデオロギーとして再確認する必要性が日々増してきている。

ラ・アルザーダ「リバータリアンフェミニスト行動(チリ)

La Alzada: Acción Feminista Libertaria (Chile)

「アルザーダ(alzada)という単語は「反逆(rebel)」を意味するスペイン語の女性形である。「領土的活動」という言葉は地域や住居に関する活動であり、地理的位置を重要視するものだ。「リバータリアン」という用語はラテンアメリカおよびスパインで「アナキスト」と交換可能なものとして使われている。「ミリタント」という言葉はある程度の世紀的活動のレベルを期待される革命的組織のメンバーを指す。ウルグアイアナキスト連盟(FAU)などのアナキストエスペシフィスタ組織は特定の(エスペシフィスタ)アナキスト組織を政治的活動のために作ることを推奨しており、社会的挿入を社会運動への参加の戦略として採用している。「社会的挿入」とは、アナキズムの思想の基盤を労働組合やほかの社会運動組織の中で建設する一方、横断的な政治的参加を強調するという意味である。チリの左翼は「マルチセクト主義」という用語を使用する(定義については文末注20参照)。

2013年3月9日、サンチアゴ(チリ)のアナキストフェミニスト団体がラ・アルザラーダの結成を宣言した。ラ・アルザーダは結成の前も後もチリの唯一のリバータリアン・フェミニスト組織ではない。それでもラ・アルザーダに注目するのは、ろのリバータリアン・フェミニズムを建設する目標が私たちの政治的未来像と重なるからである。ラ

アルザーダの創設の背景は過去20年間のアナキスト運動の出現と広がりにあることは言及に値する。同時に、フェミニストとクイアの政治が革命的左翼の中で影響を及ぼしていった。性的異議の大学協議会(Coordinadora Universitaria por la Disidencia Sexual/CUDS)やラ・チャンプリーア(マプチェ語で混合の意味)はクイア社会運動よフェミニズムとクイアネスの新たな対話の誕生を反映している。ラ・アルザーダの実践は私たちが強調したい3つの大事な要素を反映している。社会運動と社会的挿入活動を行うことの重要性、左翼の中でその政治性を存在させ影響力を広げることおよび新たな理論の創出。

ラ・アルザーダの活動の文脈を説明するのに、性的異議の政治的重要性を明らかにする必要がある。性的異議はチリのフェミニズム、クイア、社会運動において特別な意味と系譜がある。性的異議は家父長制、異性愛規範、およびLGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クイア)の国家との同盟に対する批評である。この運動の中には暴力の社会化を問うことを辞め、同性婚や反差別法などの制度改革を目指すようになったものもある。この用語は他にも家父長制の存在を問題とせず、資本主義国家の中で市民権獲得や包括を目指す性的多様性の概念に対抗するために機能する。一番有名な性的異議集団がCUDSであり、その活動を次のように定義している。「ここには女性も男性もゲイもいない。わたしたいはチリ・サンチアゴのフェミニズムが捨て去った者たちだ。公式にはわたしたちはポスト・フェミニスト性的異議大学集団でありそれぞれの身体を性的権威主義の空間の中で性的テロ行為を行うものだ」。CUDSは会話を生むために政治的介入を行い、論争に火をつけ、家父長制が標準化した社会的指標を問いただすのだ。2012年11月には、全国多様なフェミニスト会合において、CUDSのメンバーが「生物学的男性」であるという理由で入場をことわられたことをきっかけにCUDSが抗議行動を行った。会合開催場所の外で「フェミニズムが占拠された(Feminismo en Toma)」という横断幕を掲げ、男性性やトランスフォビアに異議を唱えるフェミニズム運動に注目を集めようとし、その運動を「女性なきフェミニズム」と呼んだ。2013年の7月には中絶合法化を要求して、CUDSが「生まれない権利(El Derecho a No Nacer)」と書いた横断幕を掲げた。サンチアゴ中心部の国立大聖堂における占拠で中心的な役割を演じた。ほかの横断幕には「おまえのクリトリスで異性愛家父長制を男色家せよ」や「動物のように堕胎せよ」と書いたものがあった。性的異議運動はチリにおけるトランスフェミニズムの発展にも繋がり、家父長制に対抗するフェミニズムの中でトランスジェンダーの問題を政治化するのにも同じような役割を演じた。

ラ・アルザーダと他のフェミニスト団体との違いはそれぞれのメンバーに一定の決められた政治活動が求められている社会政治組織である点だ。アルザーダの闘士は労働者階級女性および学生運動の中での挿入活動に参加し、アナキストとフェミニスト運動野中でも独自の政治性を介入させる。メンバーシップは開放されており、男性辞任の闘士を包括することも推奨される。家政労働者の労組であるチリで誕生した労働者で占めるSINTRACAPと外国で誕生した労働者(主にペルーとボリビア出身者)が多いSINAICAPに分かれている両団体とも協同する。役職のない一般組合員を対象とした、自信をつけるための話し方やボディーランゲージなどの表現方法を学ぶ労組ワークショップ開催している。社会変革と社会批評を促進する相互作用的方法論である被抑圧者のための演劇を用いて、抑圧された経験を分析し戦闘的な考え方を発展させようとした。ほかにも、ほとんどが男性の参加者で占められた2014年の港湾労働者のストライキに参加した。他のフェミニストからその参加を批判されもしたが、ラ・アルザーダの返答は大規模な労働闘争に姿を現すことが重要であると答えた。労働者とフェミニスト活動を話をする機械を得られ、同時に連帯を示すことができたのだ。このような活動をフェミニスト的労働運動を建設するひとつの方法ととらえており、同時にフェミニスト、労働、アナキストの運動を活性化させる機会と考えているのだ。

学生運動は政治活動のもうひとるの大事な場面である。FEL(リバータリアン学生戦線/Frente de Estudiates Libertario)というアナキストの学生連盟の分裂の前は、ラ・アルザーダの多くもFELのメンバーであった。2013年にはFELが他の左翼学生連合と連携し学生連盟(CONFECH/チリ学生連盟/Conferedacion de Estudiantes de Chile)の代表選挙連携をとることにした。ラ・アルザーダのメンバーでありかつてFELにも参加していたメリッサ・セプルヴェダがリバータリアン・フェミニストのキャンペーンを張り勝利した。そのスローガンは「大学を民主化せよ、政治を脱男性化せよ!」というもので、セプルヴェダはCONFECHの代表という立場を使ってmその多党的(労働、領土性、教育)な政治性を深めた。セプルヴェダは他にも、「非性差別的大学/Universidad NoSexista」の要求を促進した。この呼びかけは元々1981年に「女性の民衆教育ネットワーク(REPM)」の会議の中で決定されたものだ。様々なフェミニスト団体や左翼組織の支援もあり、「第一回非性差別的教育会議」が2014年の9月に開催された。会議の主催者らは対話を通じて具体的提案をすることで教育におけるジェンダーに基づく差別や性差別と家父長制政治の制度化に対抗することを試みた。この会議の文書は議論の輪郭を結合し、重要なテーマと要求を特定した。そのひとつが、教育制度に固有の性差別的で異性愛規範の論理である。最終的な要求は幅広い政治的枠組みの実例である。そこには、「フェミニズム野中でネットワークをを強化し、他の社会的行為者(労働者、ポブラドーレス(注)、先住民族等)と連携し、あらゆる空間で質の高い、非性差別的、非宗教的m相互文化的および民衆へ奉仕する無償教育のプロジェクトを提示する」ことが示されている。

最後に、ラ・アルザーダの活動はチリにおけるアナキスト運動と革命的左翼運動の中の政治的介入の献身にその特徴がある。2013年のインタビューで、ラ・アルザーダはこう説明している。

「多くの革命的意図のあるアナキストや左翼の組織は女性、中でも労働者階級の女性を二重に搾取される者として再評価する。ほとんどの場合具体的な実践を伴わないパンフレットの作成の域を出ない。女性の従属化からそれぞれの身体の自己管理(他者に支配、介入されない権利)、また家族制度への批評。このような問題は多くのニュースレター、記事、幅広いアナキズムの闘いの中のの政治宣伝の一部である。しかし、私たちの政治的立場を深めないことにはこのようなことはあまり意味をなさないのだ。「女性の解放」というアイディアは、組織内にフェミニスト的な枠組みを組み込まない限りは陳腐なものとなってしまう。ラ・アルザーラの創設は二つの作業の必要性からきている。一方ではリバータリアン空間にける責任があり、もう一方では社会的空間および公共空間の中のジェンダーの観点から手を伸ばして領土的作業(その空間に存在するという活動)の必要性である。」

この枠組みはフェミニスト分離主義および革命的フェミニストが政治的組織の建設に時間とエネルギーを注ぐことを批判する者に対抗するものだ。ラ・アルザーラは他の運動におけるフェミニストおよびアナキストの実践の介入と発展を革命的貢献として必要なこととして規定している。アナキスト空間や労働運動を「意味がない」と切り捨てるならばなぜわざわざ自らを「アナキストフェミニスト」と呼ぶ必要があるのか?

現代フェミニズム政治の背景

1990年代は世界政治およびアナキストやフェミニストの運動の政治的転換を特徴付けた。ソビエト連邦の崩壊はレーニン主義に対する集団的な幻滅を招いたが、グローバル資本主義の背一次的再構成の時期でもあった。敵の不在はワシントン合意(注)で提起された新自由主義政策の拡大を可能にした。ワシントン合意(注)で提起された新自由主義政策の拡大を可能にした。ワシントン合意は1989年にジョン・ウィリアムスが書いた文章の中で作られた用語である。この単語はが新たなポスト冷戦期の到来を知らせるためにワシントンで議論され、後に新自由主義(ネオリベラリズム)として知られるようになった政治的経済的政策を説明するものである。その政策の合理化のためには社会的改革に対する攻撃が必要となった時、経済的戦場が社会的戦場と交わった。アメリカ合衆国では新自由主義秩序と福音主義キリスト教イデオロギーの結合があり、今度は逆にいわゆる文化戦争を生んだ。1990年に中心的人物となったラッシュ・リンボーや他の何人かは、イタリアのマルクス主義者であるアントニオ・グラムシの理論である文化戦争を過去30年に渡る社会的勝利を覆すために利用した。フェミニストはそのような課題に対して準備ができていなかった。

中絶救助隊(Operation Rescue)のような右翼的社会運動がこの頃から現れ中絶の犯罪化をその中心的な呼びかけとした(注)。全米女性組織(NOW)のようなリベラルなフェミニスト組織はは最低限の応答しか提供できず、むしろ組織の政治宣伝から「中絶」という単語を抹消するに至った。費用の増加と都市への集中が、民間のクリニックモデルが提供する生殖に関わるサービスはのアクセスの困難を意味した。

1990年代には、女性は限られた獲得済みの権利を守る以外の選択肢がほとんど残されていなかった(注)。これが権利の拡大を目指した攻勢的女性運動の終わりを示し、過去10年に獲得した権利を残すために必死な防御的な運動への転換点であった。ライオット・ガールと呼ばれるフェミニスト・パンク・シーンが中絶救助隊が中絶クリニックを閉鎖させ、ビル・クリントンが「我々が知っているものとしての福祉」を終わらせたのと同じ時期に生まれたことを思い出すことに意味がある。ライオット・ガールは政治的弱体化と失望に直面した新しい世代の不満に対する政治的応答だった。ライオット・ガールのような文化的運動は男性が支配する空間に対する必要に迫られた批評を提供したものの、その声は限られた聴衆にしか届かないものだった。ほかにも、1990年代における刑務所産業複合体(PIC/Prison Industrial Complex)の大規模な拡大に応答する形で地域共同体の中の差別や暴力への取り組み(accountaility)や修復的司法に焦点を当てた活動をするINCITE!(2000年に誕生)などの組織ができた時期だ。INCITEの創設メンバーの多くは、カルフォルニアに拠点を置く監獄廃止組織である「批判的抵抗(Critical Resistance)」の出身だった。しかし、新自由主義に抵抗する近田を持った社会運動の原則に伴い、内省的で限られた範囲の参加者に留まるプロジェクトの出現を中心とする傾向が強くなっていった(注)。

1990年以降、大学内のフェミニストおよびクイア理論が存在感を強めた。ジュディス・バトラーによる『ジェンダー・トラブルーフェミニズムとアイデンティティの錯乱』(1990)やベル・フックスの『フェミニズムはみんなのものー情熱の政治』(2000)がフェミニズム政治に強い影響を与え、クイア政治の評価を高めた。学術界はフェミニズムが花開く場となったが、同時にその教室内に隔離された性格から労働者階級の人々の闘争から切断された。ここ数年、「ウォール街を占拠せよ」や「ブラック・ライヴズ・マター」のような運動が出現した。大学内フェミニズムの実践がこのような運動の中で目に見える一方、その影響が最低限のものだった、このようなフェミニズムは学術界の壁の外で生き残るように設計されていない。大学内フェミニズムは世間にフェミニスト的考えを導入したことで評価に値する。たとえば、最近大学キャンパス内における強姦の問題がオバマ政権に取り上げられ、多くのメディアで話題になったことで強姦文化やスラット・シェイミング、性的ひやかしを巡る教育等のラディカルな語りの機会を提供した。新しいフェミニストはそれぞれの人生における制度的家父長制を分析し始めたが、その枠組みもまた特定の政治的行為者である大学生の経験や要求を反映したものになりがちだ(注)。家父長制の個人的経験や個人的対応の強調はアメリカ合衆国におけるフェミニズム活動に見られるリベラル政治の影響の深さを反映したものだ。しかしこのように個人に焦点を当てる傾向は、女性、クイア、ジェンダー・クイアおよびトランスジェンダーの人々の仕事の場や労働者階級の共同体における幅広い困難を考慮にいれていない。

純然たるひな形の探求が、告発文化の新たな権力構造としての出現を生んだ集団的な過度の監視体制になり果てた。その現象はタンブラー(Tumblr)などのソーシャルメディアサイトに位置するオンライン上のフェミニストやクイアの集まりに顕著である。いわゆる「社会正義戦士」は公開晒しあげや政治的影響の展開の個別促進を用いる。これが政治的用語を理解しようとする人と性差別てきトランス差別的なひやかしを区別しない純粋主義的活動かの方法論を強化した。私たちが違いは、採用するひな形の種類にあるのではなく、規定された純然な状態としてのひな型の解釈してしまい、常に理想の実現に向かって努力する過程としてひな形を捉えないところにある。さしあたり、フェミニスト運動は現状への驚異は最小限にとどめており、リベラル政治の淀んだ水域の中で空転するばかりである。

残らず手に入れる前に、以下を要求する

(異なる抑圧の形式の分析が私たちの活動に反映するという意味での)交差的階級闘争に献身するアナキスト・コミュニストとして、私たちのフェミニズムの実践は資本主義的家父長制に対する闘争の理解と前進のための道具を提供する政治的系統から学んだものである。パリ・コミューンやロシア革命よびスペイン市民戦争から教訓を得ることができる。同時に、南半球の世界(グローバル・サウス)から出現した理論にも注目したい。アメリカ合衆国のアナキストは特に、画期的で新しい運動の方法を南北アメリカで積極的に検証している同志から学ぶ機会があるのに、革命的教育を教室に閉じ込める必要はない。「エスペシフィズモ」の戦術である社会的挿入を用いることで、闘争が交差する度に闘いを拡大させ急速化させる可能性のある確実な方法で私たちの政治性を導入することができる。政府にたいして要求をすることは改良主義的な戦術であると批判されることが多いが、一定の改良は働く人々の生活を救ったり改善することができるし、私たちの革命的力量を増幅させる。このような目前の勝利を目指す闘争は運動間の連帯を生むことができ、結果的に現状に政治的舞台に挑戦しm背ブルジョア政治を追いかけたり反応したりするだけでなく政治のリズムに影響を与えることが可能となる。

本文中でラ・アルザーダおよび近年の歴史的背景に言及した部分をまとめながら、いくつか重要な点を強調したい。1990年代以降のアメリカ合衆国のフェミニスト運動の外郭をなぞることで現在の私たちの歴史的な立ち位置を明らかにしようとした。アメリカ合衆国における一般的なフェミニズムに対する態度は『誰がために鐘は鳴る』への賞賛を準備しているということだ(??)。マザー・ジョーンズの「女性に対する戦争は終わった。そして女性は敗戦した」などの記事(注)は過去数十年間の生殖に関する権利の喪失を要約している。(注)このような記事は周辺部から芽を出した新しいフェミニスト政治につながる現在のアメリカ合衆国内の社会運動を無視していることが多い(注)。ラ・アルザーダは階級闘争の枠組みの中で(性的相違等の)新たなジェンダー理論を含めた内部と外部の両方で活動することに力を入れるアナキスト・フェミニストの組織の実例を提供する。多くの穴気宇と組織や左翼組織では、フェミニストからの提案や問題提起への強い支持を表明する形で家父長制に反対する闘いに連帯する試みが見られる。それでも、「フェミニズムに一票」の戦術は極小の支援にとどまり、またあるいは女性やトランスジェンダー、クイアの同志の政治的力量を促進する内部の継続的取り組みの提起が欠如しているため意味を成さない。紙の上のフェミニズムでは足りない。私たちには内部と外部の活動における反家父長制的取り組みが必要だ。ラ・アルザーダの活動範囲は中絶の合法化、性と生殖および生殖をしない権利、そして非性差別的教育に渡っている。ほかにも家父長的資本主義制度を突き破る介入を提供する形で分野ごとの戦略的組織化にまつわる推定を再考する(注)。

本文「波を分け入る」は革命的フェミニズムの理論と実践の発展を失速させるリベラルフェミニズムの傾向を例証した上で、リベラルなフェミニズムと袂を分かつことを呼びかける。私たちはくずを奪い合うような防御的な要求と自己批判を超えたいと願う。私たちの政治的エネルギーを日々の社会的要求を通じて生活を向上させると同時私たちが建設したいと望む社会の形を模索するような攻勢的な運動を作る方向に注ぎたいと考える。このことは、小規模なキャンペーンも家父長的資本主義に対する長い戦争のために学び訓練する機会と捉えることも意味する。私たちには闘うためのエネルギーや欲求があるが、そのエネルギーを革命的な方法を最大化する方法を学んでいない。

運動には達成可能な目標と個人が時間、エネルギー時には人生を投じる理由が必要である。私たちの中には強いイデオロギー的献身に突き動かされている者もいれば、それぞれの生活や家族に直接関わる問題があるときに参加する者もいる。この共通性を特定する過程は交差的かつ分野相互的(注)である幅広い運動の血脈となるはずだ。植民地主義や家父長的資本主義に対抗するフェミニスト運動の再建設は幅広い社会問題に関わることを必要とする。私たちは創造したいものがあまりにあるため、何に反対するかを表明する繰り返しを抜け出したい。以下は検討途中の要求一覧である。生命と意味を獲得するために集団的運動の栄養を必要とする種だ。次に示すのは私たちの最初の要求事項だ。

・普遍的保健医療

・誰でも使える無償の中絶の実施を地理的に孤立した地域も含めたあらゆる公立病院で実現することを含む、性および生殖およびジェンダーに基づく医療サービスを提供するクリニックの創設生殖および非生殖の権利の支援

・子供を育てたいまたは養育したいと望む個人にたいする生殖サービスの支援。これには地域の無償の保育施設、学校や近隣にで提供される食事プログラムも含まれる。そのプログラムは家族や地域に対するケアに関係する男性性に基づいた性別役割や期待を解体することを促進するものとする。

・住居、カウンセリングおよび精神保健サービス等を含むジェンダーに基づく暴力の生還者(サバイバー)に対するサービス

・集団および個人カウンセリングを含む性犯罪者に対する更生サービス

・性別や性的ライフスタイル、関係性の種類または家族モデルの如何に関わらず、あらゆる健康保険や関係するサービスが利用者に対する敬意と知識、おもいやりに基づいて提供されること

・育児休暇、家族の緊急事態対応のための休暇、家庭内ケアの権利と資源、障害のある人々のための在宅および公共のサービスアクセスの保証

・政府が費用を負担する住居の拡大。住人の様々なニーズや安全性を考慮した設計や一定の資源を通じて共同体の中のふれ合いの可能性を高める質の高い住居の提供。

・地域の目標を達成するための空間や資源の地域管理。労働者階級の地域共同体の自律性と自己組織能力を制限するで慈善活動に限定した地域のスペースと一線を画し、この動きが地域組織や会合から派生することが重要である。

・先住民族に対する完全な自律性の保証と無償の資源提供。数百年に渡る植民地主義的な抑圧および資源の搾取の歴史を経た今、先住民族共同体は土地と生活にかんする完全な管理を任せられなければならない。先住民の人々がふさわしいと感じる共同体を再建するための資源は最小限の賠償として与えられなければならない。これには採掘廃棄物の洗浄と盗まれた土地の返還がふくまれる。他にも抵抗運動の中で先住民コミュニティから示された要求がいくつもあり、どれも実現されなければならない。

・教育の社会化。(年齢に関わらず)あらゆる人のための特権ではなく社会的権利としての教育。

・性教育、反省差別教育および人間関係のための教育。児童や十代の若者に対する学際的な教育手法を用いた性教育および家父長的性別規範を問題化する教育。ラテンアメリカおよびスペインにおける非性差別的教育キャンペーンは反家父長制的、反資本主義的および反植民地主義的教育制度を促進する方法の実例を提供する。

・タフト=ハートリー法(労働組合活動監視に関する法律)およびスミス・コロナリー法(米国の戦時ストライキ禁止法)の廃止。どちらも1930年代に産業別労働組合会議設立を受けて起こった労働運動と第二次世界大戦後に起きたストライキの波(労働力の25%が組織されていた)による利得と政治的影響を阻止するために1940年代に成立したものだ。私たちは政府が規定する合法性にとらわれずに活動するべきであると考えるが、この両法を廃止することで労働者階級が自己組織化しストライキをするための息つぎの空間を与えることができる。どちらの法律も現在山猫ストライキ、二次的ボイコット(注)、連帯ストライキおよび連邦政府公務員のストライキを禁止している。さらにこのふたつの法律により連邦政府が労働者がストライキを宣告または決行している産業の掌握し管理することが認められている。

・晴朗道の非犯罪化およびセックス・ワーカーによる横断的な自己組織化の支援

・非正規滞在中の労働者に対してアメリカ合衆国労働法を完全に適用

すること。また、強制送還によりその権利を奪わないこと。ほかにもジェンダーに基づく職場における不平等やハラスメントに対応するための労働法適用範囲の拡大。

・政府が認定する婚姻制度の廃止。この制度により福祉や社会的受容の分配を通して人間関係や家族が定義される。

・ジェンダーに基づく暴力の驚異や行使により脅かされることのない自由。家父長制的支配および攻撃を永続させるあらゆる法律、前提、制度の廃止。多数の抑圧が交差する中で存在し、傷追ったり死に直面する危険に異常なほどさらされる人の人生を守るため、即座に介入すること。

結論

私たちはフェミニストの大衆運動を建設することに立ち返り、新鮮なアナキズムの考えと戦術を起こりつつある闘争の中で刺激する必要性の輪郭を描いた。しかし、私たちがぞれぞれの役割や要求を形成する中で、どこでどのようにしてアナキストフェミニズムがその一連の運動に貢献するのかを考慮する必要がある。私たちの革命的伝統を再調査し、世界の同志による刺激的な新しい理論や実践に信念をもって関与することで小さな集団やネット上の集合から強固に連結された政治的立場に移ることができる。この過程は個人の困難を集団の闘争につなげて戦うことで、ついに資本主義と政府の支配的な権力と争うことを可能にする。アナキスト・フェミニズムが私たちのいる政治的瞬間の課題に適応するのことに失敗すれば、私たちは先人が社会運動によって勝ち取った残された数少ない権利の引き下げを記録する解説記事に甘んじるほかないだろう。私たちにはもっとふさわしいものがあり、そのために闘う準備はできている。

ロミナ・アケミはブラック・ローズ・アナキスト連盟(アメリカ合衆国)およびソリダリダーリバータリアン共産主義連盟(チリ)の一員である。彼女は長い間、産業衣類仕立屋として働き組合活動および政治活動に参加した。また、多くの国際的社会主義、アナキストの集会にも参加し、その国際的観点を提供した。

ブリー・バスクはチリのサンチアゴに住み、働いている。ブラック・ローズ・アナキスト連盟(アメリカ合衆国)およびソリダリダーリバータリアン共産主義連盟(チリ)の両団体の一員であり南北アメリカの国際連携を計る活動に身を捧げる。彼女は両国で芸術、組織活動を通じて社会運動に貢献することで、組織が生き残り反映するのに必要な可視化されない再生産労働をを提供している。

脚注

1エッリコ・マラテスタ「改良主義」『人生と思想ーエッリコ・マラテスタのアナキズム著作集』

2「書評『クアイエット・ルーモアーズ(静かなる噂たち)ーアナルカ・フェミニスト・リーダー』(オークランド、AKプレス、2008)p.11

3ダーク・スター・コレクティブ

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